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東京高等裁判所 平成4年(ネ)419号 判決 1992年11月17日

控訴人

甲野一郎

控訴人

株式会社東京スポーツ新聞社

右代表者代表取締役

太刀川恒夫

右両名訴訟代理人弁護士

中村尚彦

被控訴人

三浦和義

主文

原判決中控訴人甲野に係る部分を取り消す。

被控訴人の控訴人甲野に対する請求を棄却する。

控訴人株式会社東京スポーツ新聞社の本件控訴を棄却する。

訴訟費用は、控訴人甲野一郎と被控訴人との関係では第一、二審とも被控訴人の負担とし、控訴人株式会社東京スポーツ新聞社と被控訴人との関係では被控訴人について生じた控訴費用を二分し、その一を控訴人株式会社東京スポーツ新聞社の負担とし、その余を各自の負担とする。

事実

(申立て)

控訴人らは、「原判決中、控訴人ら敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、適式な呼出しを受けながら当審口頭弁論期日に出頭しないが、陳述したものとみなされた平成四年七月二七日付け準備書面には控訴棄却の判決を求める旨の記載がある。

(主張)

一  被控訴人の請求原因

1(一)  被控訴人は、保険金目当てにその妻であった三浦一美を殺害したとして昭和六三年一一月一〇日殺人罪で起訴され(以下「本件刑事事件」という。)、現在被告人の立場にあるが、一貫して無罪の主張をしている者である。

(二)  控訴人株式会社東京スポーツ新聞社(以下「東京スポーツ」という。)は、日刊新聞の発行等を目的とする株式会社で、日刊紙「東京スポーツ」を発行している。

(三)  控訴人甲野一郎(以下「甲野」という。)は、日本大学法学部の刑法学の教授である。

2(一)  控訴人東京スポーツは、昭和六三年一一月一二日付け東京スポーツ紙に原判決別紙添付の本件刑事事件に関する記事(以下「本件記事」という。)を掲載して発行した。

(二)  本件記事は、本件刑事事件についての刑事専門家である控訴人甲野の発言を引用し、何らの根拠もないのに「甲野日大教授が「ロス疑惑」の今後を予想」、「三浦は死刑」との見出しを付し、本件刑事事件について被控訴人が起訴されたにとどまり、いまだ審理も開始されていない段階で、被控訴人が有罪であると決め付け、死刑とされることが確定しているかのように報道したものであって、このような報道は一般の読者に被控訴人が本件刑事事件の殺人犯人であり、死刑にされるべき人間であるとの印象を持たせるものであり、これにより被控訴人は社会的評価を低下させられ、著しく名誉を毀損された。

(三)  控訴人甲野は、本件刑事事件についての控訴人東京スポーツの取材(以下「本件取材」という。)に対し、自己の発言が記事に引用されて掲載されることを知りながら、本件記事中、控訴人甲野の発言として記載されている部分(本件記事中の「」書き部分。以下「本件発言」という。)のとおりの内容の発言をした。

3  被控訴人は、本件記事及び本件発言(以下、一括して「本件記事等」という。)により、著しくその名誉を毀損され、多大の精神的苦痛を受けた。そこで、被控訴人は、控訴人らに対し、本件記事を入手した直後に平成二年八月一五日付け内容証明郵便で謝罪等の措置を取るよう求めたが、控訴人東京スポーツは、意見、予想を述べることは自由である旨の回答をしただけで、被控訴人の右申入れに対して誠実に対応せず、被控訴人は本訴を提起せざるを得なくなった。

右のような事情を考慮すると、本件不法行為による被控訴人の精神的苦痛を慰謝するためには少なくとも一五〇〇万円の支払が相当である。

よって、被控訴人は、控訴人らに対し、本件不法行為による損害賠償として、各自右損害金一五〇〇万円のうち六〇〇万円及びこれに対する本件不法行為の日である昭和六三年一一月一二日から右支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する控訴人らの認否

1(一)  請求原因1(一)の事実のうち、被控訴人が本件刑事事件で起訴され、被告人の立場にあることは認めるが、その余は知らない。

(二)  同(二)及び(三)の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の事実のうち、控訴人甲野の本件発言を引用した本件記事に「甲野日大教授が「ロス疑惑」の今後を予想」、「三浦は死刑」との見出しが付されていること、本件記事が東京スポーツ紙上に掲載された当時、被控訴人が本件刑事事件について起訴されていたが、右刑事事件はいまだ審理が開始されていなかったことは認めるが、その余は否認する。

本件記事等には、その一部に断定的な印象を与えるような文言があるにしても、見出し自体においても予想記事であることを明示しているし、本件記事を全体的に読めば、本件刑事事件の裁判の今後の展開と帰趨についての刑事専門家としての控訴人甲野の予想意見を記載したものにすぎず、被控訴人を右事件の殺人犯人であるとか、死刑になると断定しているものではないことは明らかである。また、本件記事が掲載された紙面には、本件記事に続けて、被控訴人の弁護団の記者会見の模様についての記事も同時に掲載しており、両者の記事を全体的に見れば、本件記事が、被控訴人側の対応も考慮しての予想記事であることは明らかである。

(三)  同(三)の事実のうち、控訴人甲野が、本件取材に対して本件発言のような趣旨の発言をしたことは認めるが、その余は否認する。

本件取材は電話によるものであったが、控訴人甲野は、本件取材に応ずるに際し、控訴人東京スポーツの取材担当者に対し、「仮に本件刑事事件に関し各種報道機関において既に報道されている事実が真実であるならば」と仮定を前提として付した上で質問に答え、意見を述べたものであり、控訴人甲野としては、その発言内容が法律専門家の発言として記事に掲載されることがあり得ることは認識していたが、発言内容がどのような記事において具体的にどのように取り扱われ、どのような見出しが付されるか、発言内容がそのとおり記事に掲載されるかというようなことは知ることができなかったし、本件記事における本件発言の取扱い方については控訴人甲野の関知しないところである。

控訴人東京スポーツは本件記事の掲載に際して、右の「仮に報道されていることが真実であるならば」ということは予想記事として当然のこととして、その記載を省略したものである。

3  同3の事実のうち、被控訴人が控訴人らに対し、平成二年八月一五日付け内容証明郵便で謝罪等の措置を取るよう求めたこと及びこれに対し控訴人東京スポーツは、意見、予想を述べることは自由である旨の回答をしたことは認めるが、その余は否認する。

被控訴人は、本件刑事事件で起訴されているほか、昭和六二年八月七日、三浦一美に対する別件の殺人未遂被告事件(以下「別件殺人未遂事件」という。)により東京地方裁判所において懲役六年の判決を受け、さらに、保険金詐欺容疑で警視庁に再逮捕されている。このような状況の下では、被控訴人に対する社会的評価は既に相当程度低下しているのであるから、被控訴人は一般市民の有するような社会的評価は享受し得ないというべきである。

三  控訴人らの抗弁

本件刑事事件は、一般公衆の関心を集めており、公共の利害に関する事実に当たり、また、控訴人東京スポーツは、専ら公益を図る目的で本件記事を掲載したものである。

本件刑事事件の内容及びその周辺事情に関しては、既に多くの報道機関がその根拠を挙げて繰り返しこれを報道しており、検察庁も捜査の結果に基づく慎重な検討の上で有罪の確信があるとして起訴しているのであるから、控訴人らには、被控訴人が死刑に値する行為をしたと信ずるについて相当の理由があったものである。

控訴人甲野の本件発言は、このように本件刑事事件に関して多くの報道機関が報道している公知の事実を前提として、有罪の可能性や有罪となった場合の量刑についての専門的意見、見通しを述べたものであるから公正な論評に当たり、本件記事はこれを掲載したものであるから、いずれも違法性が阻却されるものというべきである。

四  抗弁に対する被控訴人の認否

1  抗弁事実は否認する。

2  刑事事件で起訴された者であっても、有罪の確定判決を受けるまでは無罪の推定を受けているのであるから、本件記事等のように起訴されただけの被控訴人を有罪であると断定するような報道をすることは到底許されない。

また、多くの報道がされているからといって、報道されている内容が真実であるということにはならないから、控訴人らは、本件記事等を掲載するに当たっては、報道されている事実の真否を確認する義務がある。

本件記事等には、「仮に本件刑事事件に関し各種報道機関において既に報道されている事実が真実であるならば」という仮定の前提に立つものであることは何ら明示的に記載されておらず、一般の読者が普通の注意と読み方をした場合、本件記事等は、被控訴人が有罪であり、死刑にされるべき人間であると断定しているものというべきである。

また、本件発言として掲載されている内容が控訴人甲野の意思に反するものであれば、控訴人甲野において、控訴人東京スポーツに対し、記事の訂正等を申し入れるべきであるが、それが一切行われていない以上、控訴人甲野も、控訴人東京スポーツとともに損害賠償の責任を負うべきである。

(証拠関係)<省略>

理由

一請求原因1のうち、被控訴人が一貫して無罪を主張していることを除くその余の事実及び控訴人東京スポーツが昭和六三年一一月一二日付け東京スポーツ紙上に本件記事を掲載して発行したこと、その当時、本件刑事事件はいまだ審理が開始されていなかったこと、控訴人甲野が本件取材に対して本件発言のような趣旨の発言をしたことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば被控訴人は従前から本件刑事事件につき無罪の主張をしていることが認められる。

二まず、本件記事の内容が被控訴人の名誉を毀損するものであるか否かについて判断する。

新聞記事が他人の名誉を毀損するものであるか否かは、当該記事の内容のみでなく、見出しの文言及び大きさ等を含めた記事全体の構成をも総合して、一般の読者が当該記事を通常の注意と読み方で読んだ場合に、当該記事全体から通常受けるであろうと考えられる印象を基準として判断するのが相当である。

<書証番号略>によって検討すれば次のとおりである。本件記事には、右端に小さく「甲野日大教授が「ロス疑惑」の今後を予想」とのタイトルが付されており、記事の内容中にも「今後は舞台を法廷に移しての新たな攻防戦が繰り広げられることになるが、果たして裁判ではどんな展開になるのか。日大法学部・甲野一郎教授はズバリ「有罪判決が出るでしょう」と指摘した。」(以下、右引用の発言を「A発言」という。)との記載のほか、「「今回の事件は地裁で有罪となり、高裁へと進んで、結局、最高裁まで争われるでしょうが、上告棄却にたどり着くには21世紀までかかるでしょう」と予想する甲野教授。」(以下、右引用の発言を「B発言」という。)との記述があり、単に本件刑事事件の審理の結果を予想しているにすぎないとの印象を与える部分もあるし、また、本件記事は、検察官の起訴について「一部では“見切り発車。メンツでは”の声も上がっているが」との記述に続けて、控訴人甲野の「日本の検察は、とりわけシビアです。慎重に慎重を重ねたうえで起訴します。刑事事件で起訴されたケースのうち裁判所で無罪になる確率は1万5000件の1件の割合なんです。有罪率は99.998%といわれ、無罪になることはめったにない」との発言(以下「C発言」という。)を記載しており、刑事事件の有罪率等についての専門家としての一般的な意見を紹介しているにすぎない部分もあることが認められる。しかし、前記「甲野日大教授が「ロス疑惑」の今後を予想」とのタイトルが本件記事の構成全体の中ではごく目立たないものであるのに反し、本件記事の上部には極めて目立つ字体で「三浦は死刑」という大見出しが掲げられ、右大見出し部分は本件記事中極めて大きな部分を占めているのみならず、本件記事は、起訴されたばかりの段階にあり、被控訴人が犯行を否認して争う姿勢を示している本件刑事事件について「かなりモメるでしょうが、間接事実の積み重ねで検察側は公判維持を十分できます」(以下「D発言」という。)、「はっきりいいまして、今まで報道されているものだけでも十分有罪に持ち込めるはずですよ」(以下「E発言」という。)という控訴人甲野の本件発言を引用し、さらにC発言を引用した上で「つまり、状況証拠の綿密な積み重ねがあれば有罪は動かないというのだ。「銃撃の瞬間は見ていなくても事件現場の目撃者はいますし、大久保のポリグラフによる『クロ』反応、写真や(犯行車の白いバンの)契約書などありますからね」と甲野教授。“人殺しは人の見ていない場所でやる”が殺人の原則といわれる。「それだけに、犯行を否認して、凶器が出てこなければ助かるという判例があってはならないという意味が含まれているんですよ。今回はすでに状況証拠で固まっています」と語る甲野教授。」(以下、右引用の発言中前者を「F発言」、後者を「G発言」という。)と記載しており、本件刑事事件に関する各証拠についても控訴人甲野において専門家の見地から検討した上で被控訴人が否認しても有罪判決となるだけの状況証拠が既に固まっていると断定したと受け止められる内容となっていること、さらに、判決について「三浦には極めて重く死刑。」(以下「H発言」という。)と控訴人甲野が断定して述べたことが記載されていること、本件記事においては、本件発言を引用するに際し、同発言が「仮に既に報道されている事実が真実であるならば」という前提の下になされたものであるというようなことは全く記載されていないことからすれば、本件記事は、一般の読者に対し、控訴人甲野の単なる予想ないし意見を紹介したにとどまらず、いまだ審理も始まっておらず、被控訴人が従前から無罪の主張をしている本件刑事事件について、控訴人甲野が刑事専門家として、被控訴人は殺人犯人であり、有罪判決を受け、死刑に処せられることは動かし難いと断定しているとの印象を与えるものというべきであるから、本件記事は被控訴人の名誉を毀損するものというべきである。

なお、前掲<書証番号略>によれば、本件記事が掲載された紙面には、本件記事に続けて被控訴人の弁護団の記者会見の模様についての記事も掲載されていることが認められるが、被控訴人の弁護団の記者会見に関する右記事は本件記事と比較すると、記事の分量及び見出しの大きさ、記事の位置等に格段の相違があり、一般の読者に与える印象は本件記事の方がはるかに強烈で大きいものと考えられる上、被控訴人の弁護団の右記者会見は、被控訴人を保険金詐欺の容疑で再逮捕したことを批判する内容のものであり、直接本件刑事事件に関するものではないことが認められるから、弁護団の記者会見に関する右のような記事が併せて掲載されているからといって、本件記事が一般の読者に対して与える前記のような印象が左右されるということはできない。

三ところで、<書証番号略>によれば、控訴人甲野に対する本件取材は電話によるもので、問答の具体的内容は別紙のとおりであったこと、したがって控訴人甲野は、本件取材において、控訴人東京スポーツの取材担当者の裁判の見通しに関する質問に対し、本件記事中に引用されたようなA発言及びB発言中「地裁で有罪となり」という発言はしておらず、また、具体的証拠に関する質問に対しては「報道されていることが事実であるとしたら」という前提を付した上で有罪の情況証拠となるという意見を述べ、「検察はこのような情況証拠を綿密に積み重ねて有罪を立証する確信を持っているのでしょう。」と述べたものであって、D、E、F及びG発言のような断定的発言はしていないこと、有罪となった場合の量刑の予想については「もし、有罪になるとしたらどのような刑になると予想されますか。」という質問に対し、「これは全くの予想ですが、死刑の可能性もありますね。」と述べたもので、H発言のような発言はしていないこと、控訴人甲野は、本訴が提起されるまで本件記事に接したことは全くなかったことが認められる。

右の事実によれば、控訴人甲野は、本件取材における応答の際、被控訴人が本件刑事事件において有罪判決を受け、死刑に処せられることについて断定的な予想ないし意見を述べたものではなく、控訴人甲野の発言を引用する形で同控訴人がそのように断定しているかのような印象を与える内容の本件記事を作成し、掲載したことは専ら控訴人東京スポーツがその責任においてしたものであるから、本件取材に対して控訴人甲野のした発言は被控訴人に対する名誉毀損には当たらないというべきである。

四控訴人東京スポーツの抗弁について判断する。

公共の利害に関する事項について自由に論評を行うことは表現の自由の行使として尊重されるべきものであり、右論評によってその対象となった他人の社会的評価が低下することがあっても、その目的が専ら公益を図るものであり、かつその前提としている事実の主要な部分について真実であることの証明があったとき又は真実であると信ずるについて相当な理由があるときは、右論評が人身攻撃に及ぶなど論評としての域を逸脱したものでない限り、名誉侵害の不法行為の違法性が阻却されるものというべきである。

この点について控訴人東京スポーツは、①本件刑事事件の内容及びその周辺事情に関しては、既に多くの報道機関がその根拠を挙げて繰り返しこれを報道しており、②検察庁も本件刑事事件について起訴しているのであるから、控訴人東京スポーツには、被控訴人が殺人事件の犯人であると信ずるについて相当の理由があった旨主張する。しかし、右①の事実は報道機関により報道された内容が真実であると信ずる相当の理由にならないことはいうまでもないし、右②の事実も検察官としては起訴するに足りる嫌疑があると考えていることを推測させるにとどまるものであるから、それらの事情が存しているとしても、それだけでは被控訴人が本件刑事事件の殺人犯人であると信ずるについて相当な理由があったとは到底いうことができず、他に控訴人東京スポーツに被控訴人が殺人事件の犯人であると信ずるについて相当の理由があったものと認めるに足りる証拠はないから、その余の点について判断するまでもなく控訴人東京スポーツの抗弁は理由がない。

五そこで、被控訴人の損害について判断する。

被控訴人が控訴人東京スポーツに対し、平成二年八月一五日付け内容証明郵便で謝罪等の措置を取るよう求めたこと及びこれに対し控訴人東京スポーツは、意見、予想を述べることは自由である旨の回答をしたことは当事者間に争いがない。

ところで、弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、昭和六三年一〇月一〇日、本件刑事事件で起訴されているほか、別件殺人未遂事件について昭和六二年八月七日東京地方裁判所で懲役六年の有罪判決を受けており、さらに、保険金詐欺容疑で警視庁に再逮捕され、その後起訴されていることが認められる。このような状況の下では、被控訴人に対する社会的評価は通常の一般市民と比較して既に一定程度低下しているものというべきであるが、右のような事情の下においてもなお被控訴人は相応の社会的評価を享受し得るものであり、本件記事は右の意味での被控訴人の社会的評価を更に一層低下させ、被控訴人の名誉を侵害したものであるから、控訴人東京スポーツはこれにより被控訴人が被った精神的苦痛に対しその損害を賠償する責任がある。そして、本件記事の内容が前記のようなものであることを考慮すると、被控訴人が被った精神的苦痛を慰謝する額としては五〇万円が相当というべきである。

六以上の次第により、被控訴人の本訴請求のうち、控訴人甲野に対する請求は失当であり、控訴人東京スポーツに対する請求は、控訴人東京スポーツに対し慰謝料五〇万円及びこれに対する本件不法行為の日である昭和六三年一一月一二日から右支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当であり、控訴人甲野の本件控訴は理由があるから、原判決中控訴人甲野敗訴部分を取り消して控訴人甲野に対する本訴請求を棄却し、控訴人東京スポーツの本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、九六条、九二条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官菊池信男 裁判官吉崎直彌 裁判官奥田隆文は、転補のため、署名押印できない。裁判長裁判官菊池信男)

別紙

東京スポーツ記者(以下T) 一部では、今回の起訴は見切り発車、メンツだという声もありますが、どう思われますか。

甲野(以下K) そうは思いません。日本の検察はとりわけシビアです。慎重に慎重を重ね、有罪立証に確信をもたなければ起訴しません。公判事件での一審での無罪率は0.1%を切ってます。もっとも、一審で有罪で二審で無罪もまれにはありますが、一審無罪で控訴審で、以前は三分の二、このごろでも半分ぐらい有罪になっています。二審までいっての無罪率となると、0.05%ぐらいかもしれません。有罪率の方からいうと、99.9%をこえます。略式起訴も入れると、無罪になるのは一万五、六千件で一件、無罪率は0.0064%、有罪率の方からいうと99.99%をこえます。正確な数字はあとで計算しておいて下さい。このように、限りなく一〇〇%に近い有罪率ですから、検察官は無罪を出したら、それこそたいへんなことになりますから、おそろしく慎重なのです。

今回も、検事総長をはじめ検察幹部出席の会議まで開いての慎重な検討の結果、有罪立証の確信をもてるとして起訴にふみ切ったということですからね。メンツにこだわった見切り発車というのは、うがった見方すぎると思います。このような事件で無罪を出してしまえば、それこそ検察官のメンツは丸つぶれになりますからね。

T しかし、犯行に直結する決定的な物証はないということですね。状況証拠だけで有罪を立証できるのですか。

K 犯行に直結する決定的な物証がなくても、状況証拠の綿密な積み重ねによって、公判を維持し、有罪を立証できます。

T 被告人が否認した殺人事件で有罪になった例があるのですか。

K いくつかあります。映画のモデルにもなった両親を殺して死体を海に投棄したという殺人死体遺棄被告事件ですね。昭和六一年八月二九日の東京高裁判決は、状況証拠で有罪を言渡した一審判決を支持し、控訴を棄却しています。有名な江津事件の一審判決、松江地裁の昭和四一年二月一日の判決ですが、状況証拠のみによって殺人、死体遺棄の事実を認定し、二審の広島高裁松江支部の昭和四六年一月二八日の判決はあらためて無期懲役を言渡し、最高裁も昭和四八年九月二五日の決定ですが、この二審判決を支持しています。別府三億円保険金殺人事件の高裁判決、昭和五九年九月四日の福岡高裁の判決ですが、捜査段階から否認している事件について、状況証拠で有罪事実を認定しています。死刑判決で、被告人が上告中死亡したので、確定判決にはなりませんでしたが。

T 被告人が否認していて、凶器も出てこないといった事件で有罪になったケースはありますか。

K あります。元警察官のピストル強盗連続殺人事件です。昭和六三年一〇月二五日の大阪地裁判決が状況証拠で有罪を認定し、死刑を言い渡しています。

T 銃撃事件では、どのような状況証拠がありますか。

K 現場で目撃された白いバンと同型の車を、大久保被告が事件の前日から当日にかけて地元レンタカー会社から借りた契約書や写真、大久保被告のポリグラフのクロ反応、三浦被告が一美さんに多額の保険をかけ、死亡後、受けとっていた、三浦被告は、一美さん欧打事件でも実行犯の愛人に、銃撃事件とよく似た方法で殺害を依頼したなど複数の知人に一美さん殺害をもちかけていたといったことが報道されていますね。東京地検はこうした状況証拠があるので、有罪立証に確信をもてたとして起訴にふみ切ったという記者会見が各紙やテレビで報道されていますね。こうしたことが事実であるとしたら、有力な状況証拠になると思います。検察は、このような状況証拠を綿密に積み重ねて有罪を立証する確信を持っているのでしょう。

T 犯行を直接目撃したという証人もいないようですが。

K 犯行の瞬間を直接目撃した証人がいなくても、犯行の前後の状況を目撃していたというロスの水道局の人がいるといったことが報道されていますね。これが事実であるとしたら、その証言も証拠価値があります。それにもともと、殺人は人の見ていない場所でやるのが通常でしょう。犯行の瞬間を直接目撃した証人がいないから殺人の事実が認定できないとしたら、大部分の殺人事件は無罪になってしまいますよ。

T 犯行を否認し、凶器が出てこなければよい、犯行を直接見たという目撃者がいなければ助かる、というわけではないのですね。

K これまでの判例から、そういったこともいえます。

T ところで、裁判の見通しですが、どうでしょうか。

K 被告の方は徹底抗戦するでしょうから、難航するでしょうね。一審、二審、上告審と争われるでしょうから、判決が確定するのは二一世紀ということにもなりかねませんね。

T 二一世紀までかかるというわけですね。ずばり、その結論はどう予想されますか。

K こういう予想をするのはきびしいですね。

T 世紀の冤罪といった結論になると予想されますか。

K さっきいったように、有罪率は一〇〇%に近く、日本の検察は慎重、厳正で、今回も、検事総長出席の会議まで開いて起訴にふみ切ったということですね。検察は、状況証拠で有罪を固める確信を持っているはずです。

T わかりました。それでは、もし有罪になるとしたら、どのような刑になると予想されますか。

K これはまったくの予想ですが、死刑の可能性もありますね。三浦被告は、ロス疑惑一美さん欧打殺人未遂事件で懲役六年を言渡され、共犯の愛人はすでに服役を終わっていますね。欧打事件についても三浦被告の有罪が確定するとなると、保険金目的のため配偶者をしつように、あくまで殺害しようとし、ついに目的を遂げたということになりますね。また、三浦被告が無実であるとして徹底抗戦するとなると、もし有罪になった場合には、まったく反省していないとして、その否認している点が量刑上不利に働く可能性があります。それに、三浦被告は、昭和四三年七月三一日、横浜地裁で窃盗、公文書偽造、現住建造物放火、銃刀法違反、強盗致傷、公務執行妨害および脅迫の各罪について懲役一〇年に処せられたという累犯前科があるということですからね。情状はきわめて重いことになってしまいます。

T 一人殺しただけでも死刑になったケースはありますか。

K いくつかあります。いわゆる早百合さん誘拐殺人事件についての昭和六二年七月九日の第一小法廷判決、そしていわゆる北九州病院長殺人事件の第一小法廷判決などです。保険金目的殺人事件で、一、二審死刑のケースが、いま第三小法廷で審理されています。

T どうもありがとうございます。よくわかりました。また、おたずねすることがあるかもしれませんが、よろしくお願いします。

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